たとい、わたしは肉体においては離れていても、霊においてはあなたがたと一緒にいて、あなたがたの秩序正しい様子とキリストに対するあなたがたの強固な信仰とを見て、喜んでいる。
兄弟たちよ。わたしたちは、しばらくの間、あなたがたから引き離されていたので――心においてではなく、からだだけではあるが――なおさら、あなたがたの顔を見たいと切にこいねがった。
この悪魔にむかい、信仰にかたく立って、抵抗しなさい。あなたがたのよく知っているとおり、全世界にいるあなたがたの兄弟たちも、同じような苦しみの数々に会っているのである。
目をさましていなさい。信仰に立ちなさい。男らしく、強くあってほしい。
もし最初の確信を、最後までしっかりと持ち続けるならば、わたしたちはキリストにあずかる者となるのである。
しかし、すべてのことを適宜に、かつ秩序を正して行うがよい。
この望みは、わたしたちにとって、いわば、たましいを安全にし不動にする錨であり、かつ「幕の内」にはいり行かせるものである。
なぜなら、あなたがたが主にあって堅く立ってくれるなら、わたしたちはいま生きることになるからである。
だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。
彼らの心は神にむかって堅実でなく、 神の契約に真実でなかった。
またその先祖たちのようにかたくなで、 そむく者のやからとなり、その心が定まりなく、 その魂が神に忠実でないやからと ならないためである。
このほかおびただしい燔祭があり、また、酬恩祭の脂肪および燔祭の灌祭もあった。こうして、主の宮の勤めは回復された。
わたしが、あなたがたとラオデキヤにいる人たちのため、また、直接にはまだ会ったことのない人々のために、どんなに苦闘しているか、わかってもらいたい。
もし空腹であったら、さばきを受けに集まることにならないため、家で食べるがよい。そのほかの事は、わたしが行った時に、定めることにしよう。
そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、共にパンをさき、祈をしていた。
ナオミはルツが自分と一緒に行こうと、固く決心しているのを見たので、そのうえ言うことをやめた。
ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、強く勧めてきたのである。
主はモーセに言われた、「つかさたちは一日にひとりずつ、祭壇奉納の供え物をささげなければならない」。